今日は、「エルおおさか」主催の歴史セミナーの日だったので、休暇の主人を置き去りにして、でかけました。エルおおさかに向かう途中の道が、「熊野街道のはじまり」の地である「渡辺ノ津」であったらしい。前回来た時(歴史セミナーは6回シリーズで今日は2回目)、友達から、「ここの坂になってる所が上町台地のなごりよ・・・」と聞いていたので、何気なく坂を見上げていたら、案内板を見つけた。が、今日はデジカメを持ち歩くのを忘れていたので、ボケボケの携帯写真しかない。次回、またデジカメでちゃんと撮影しようと思う。江戸時代には淀川を上り下りの三十石船の発着場で賑わった場所との事。
それよりも、仁徳天皇の時代に、この辺を改修して「難波堀江」と呼ばれ、古代の国際交流の港「難波津」の発祥地というほうが、私の琴線にふれました。

ここ天満橋八軒家は、平安〜鎌倉時代にかけて、皇族、貴族の熊野参りの起点として賑わったそうです。

それよりも、仁徳天皇の時代に、この辺を改修して「難波堀江」と呼ばれ、古代の国際交流の港「難波津」の発祥地というほうが、私の琴線にふれました。

ここ天満橋八軒家は、平安〜鎌倉時代にかけて、皇族、貴族の熊野参りの起点として賑わったそうです。

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by jurihouse
| 2006-11-23 23:24
| 考古学



